厚岸町の地名を巡る旅


浜中から幌万別まで
□ チンベ

 珍しい地名では有るが意味の方は手元に殆ど判断する材料がない。チンベの鼻〈アヤメが原〉の基部の地名でチンは獣皮を乾かす所かも・地名解にはノテト“ノツエト”ノ急言と書かれているだけ・・チンベの鼻の鼻は岬のことで大黒島と小島の展望台になっている道東有数のアヤメ群生地です。

□ 小島 こじま

 ピリカウタから見ると手前の小さな島が小島で沖側が大黒島となる。大黒島はポロ・モシリ小島の方はポン・モシリと呼ばれた。昆布魚用の漁港が出来ていている。スタートラインに並んだ船か一斉にスタートしていく光景は壮観です。

□ 大黒島 だいこくじま

 地名解にはシュー・オマイ“鍋有るところ”と書き神ノ鍋アリ故ニ名ズクといてあるが当時から既に大黒島と呼ばれていたようだ。確かにアヤメが原から見ると鍋のようには見える。此島は鳥獣の保護区になっていて上陸禁止となつている。

□ 幌万別

 末広から床丹に向かう途中に有る集落名で川の名前。地形図には水線は有るが川名の記載は無い。地名解ではホスマ・ペツ“毛川”と草を毛に例えて説明しているがそんな感じの所ではない。更科地名解ではポル・オマン・ベツで穴から流れでる川と

□ ピリカウタ

 小島の前にある海岸でピリカは良い綺麗なウタはオタで砂浜と言うことだが最近はこの海岸の砂浜が浸食されて少なくなってきているのが気になる。此処には展望台が有り緊急時の避難場所にもなっている。展望もよい所です。

□ 床潭 とこたん 床潭沼

 地名解ではト・コタン“沼村”廃村ノ意ニアラズトアイヌ云ウと記した。廃村ではなく沼の村ということなのでしよう。集落の傍に床丹沼かあり此処には緋ブナが生息していて、貴重な魚類として保護されている。岸辺まで行くことも可能。

□ アイニンカップ岬

 床丹の際にある岬で高さは80mほど有る険しい岬だ。地名解ではアエニンカッ“矢達セヌ處”と更にその説明が有る。徒歩で歩いては行けるようだが詳しい情報は無い。地形図には道は通っているが。愛冠岬からはその険しい岬を望める。

□ 筑紫恋 ちくしこい

 地名解ではチクシ・コイ“路浪”波浪ノ路ヲ起ス處と記す。海岸の通路で大きな波が路を越す所で通行する時は浪の合間を縫って通らなければならないところだったのだろう。斜里町の宇登呂のアイヌ語地名の中にも似た地名が有った。

□ アイカップ岬 愛冠

 アテガプ能ハズ 意味はアイニンカップと同じだが此の名を持つところは各地にあるが断崖になっているところが多い。愛冠は標高70m以上の断崖の岬になっていて厚岸町の観光名所のひとつ。大黒島からアイニンカップ岬の展望が良い

□ バラサン岬

 地名解はパラ・サン“高平ノ地”と書いてある。バラサンとは広い棚という意味だが、野獣をとる平おとしという罠のことも意味する。岬の岩層がその平おとしに似ていた事からのその名があるという。そのためか厚岸には魔物が近よらなかったとか。バラサン岬へは国泰寺の境内から登る遊歩道が有ります。

厚岸から釧路町まで
□ 厚岸 あっけし

 地名解では“アツケシ・トー”楡下ノ沼厚岸原名ナレドモ今ノ厚岸ニアラズ眞龍村ニ有リシ小沼ナリと、元々は眞龍に有った小さな沼の名前でそこに有った会所が移った事による。厚岸湖は元々はポロ・トーと呼ばれていた様です。

□ 門静 もんしず

 根室本線の門静駅が有る。アイヌ語のモイ・シュッで“入り江の根元”という意味。地名解では“湾の傍”としている。

□ 苫多 とまた

 釧路町よりの海岸の地名で東蝦夷日誌ではトマターヲロ、地名解ではトマメタ・ロそれぞれに解釈はエゾエンゴサクが多くある所と、掘る所の違いは有るが、山田秀三氏はロ→ルで“エンゴサクを掘りに行く道”と云う考察を紹介している。

□ 尾幌 おぼろ

 尾幌川沿いに走るJR根室本線の駅名で町名で一帯を尾幌と呼ぶ。川野名は尾幌川で支流にはオッポロの名がある。地名解ではオ・ポロ・ベツ“川口ノ大ナル川”と記す。下流は蛇行を繰り返す湿原を流れる川であったようだ。昔は厚岸湖に注いでいたが今は水路を切り替えられ昔とは随分と姿を変えている。

厚岸湖湾内と湖岸
□ 奔渡町 ぽんとちょう

 眞龍町と厚岸湖を挟んだ湖岸沿いの町の名前で昔は小さな沼〈ポン・トー〉が有ったことが町名の由来。尚バラサン岬とは反対側の湖口寄りの岬はノテトと呼ばれた所で此処に会所が開かれたのが厚岸の始まりと云われている。今はお供え山と呼ばれていて厚岸大橋や厚岸湖を望む展望台があり写真マニアにはお勧めの所。アイヌシヤシの遺蹟が3ヶ所有り古代から重要な場所ともなっていた様だ。バラサンの地名道理に鹿落としの漁をしたと思われる鹿の骨もでているとか。他にサクラの名所となっている小野日公園があり此処にも展望台有り。

□ イクラウシ川

 厚岸湖の南側に広がる耕作地、イクタラ・ウシで笹の多いところ、笹原の事と思われるが、笹が多いこと自体地名になると云うことは普通ではあまり考えられない。それだけ厚岸湖の周りには笹が少ない湿原であったという事なのか・・・

□東梅 とうばい

 今の地図にはイクラウシ川の付近の地名として使われているが本来は厚岸湖に注ぐ東梅川の河口付近を指したものと思われる。地名解ではトー・バイ“沼頭ノ處”と記し沼に行く通路としている。更科地名解ではト・パ・イで沼上としている。風蓮湖湖畔にも東梅という地名が有るのだがそこは沼上では無かった。

□ 登喜岱 ときたい

 地名解ではトー・キタイ“沼頭”とだけ書いてあるが沼の頭の一番上の所、文字通り沼頭のことでそこにトキタイ川が注ぐ。

別寒辺牛川流域
□ 別寒辺牛川 別寒辺牛 べかんべうし

 現在道東で唯一イトウの産卵が確認されている厚岸湖に注ぐ川名。普通に云えば菱の多いということになるが、湿原の中を流れるとはいえ川に菱が多いというのはスッキリしないが、昔から菱は無かったという。地名解ではペカンペ・クシとし水の上を通ったからとしているがそれも何となく釈然としない。

□ 糸魚沢 いといざわ

 JR根室本線に沿って流れる辺寒部牛川支流のでチライカリベツを意訳して駅名としたものだが意味が上手く表現出来ているとは思えないがイトウ釣りの経験が有る方ならわかる。北海道で糸魚や知来と云う地名はその殆どがイトウの事だ。

□ チライカリベツ

 地名解では“糸魚ヲ捕ル川”としているがチライはイトウでカリはKarで取ると解釈したのか。普通カリベツは本流に回りこみ逆流する川をさすが此川は根室本線に平行し最後はより内陸部に向かう。そのためか此処ではイトウの通る川という意訳も何となくスッキリしないがイトウが回って〈回遊〉くると云うことか

□ サッテベツ  サッテベツ川

 同名の地名が殆どないがサッテク涸れている、川ならば水が涸れている状態を云うようだ。サツナイと同じなのかも。

□ トライベツ トライベツ川

 地名解ではト・ライ・ペ“涸れ川” トは無くなることか? ライは別の所でも書いたが死ぬ事、ペ は水で渇水期とは関係なくいつも殆ど水の無い川のことを云うのかもしれない・・・

□ フッポウシ

地名解では“小椴松多キ處”と、大きい松が一本とか二本と目立つような場合には地名として残ることも多いようだが小さい松が多いと云うのが地名に残るのはあまり無いと思う。

□ タッカルウシ川

 地名解ではタッカルシ“樺皮ヲ剥ク處”同様の地名は各地に残されているが当時はたき付けとして重要なものだった。最も僕が子供の頃は樺の皮は焚きつけやタイマツにしたりと、とても利用価値の高いものだった。インディアンはカヌーを造ったという。

尾幌川流域
□ 南方無去 片無去 かたむさり

 カタム・サリ ツルコケモモの有る湿原のことでそれに当て字したもの。湿原は今も残っているし同名の川もある。コケモモといえば最近は果実酒などで人気の有る果実だが採集は難しい。

□ オタクパウシ

 地名解ではオタクッパ・ウシ“タクッパはヤチの草の名、取りて円山の義に用いる”と書いている。タクッパは俗に十勝ボウズで有名な谷地ボウズの事。此処では丸い山の事を言ったと云うことの様です。道北や道東の湿原には良くあるが規模の大きいのは少ない。道東には釧路湿原と霧多布湿原で見ることができる。

□ ホロニタイ ほろにたい

 ホロ・ニタイ ポロは良く地名の頭について大きいとか、大事なという意味に使われるが、ニタイ・林の場合は大きなと言うよりは大事なという風に考えた方が何となくスッキリする。大切な林

□ 来別 らいべつ

 ライ・ベツ死んだ川くらいの意味が、川の場合は流れが変わって取り残された古川に付けられ様です。ただイトウが生息していた事の有る川では宛て字をした時にチが抜けた可能性は・・・

□ ルークシュポール

ルークシュはいつも通る道の事、ポールは穴とか岩窟の意味。 通路の岩窟なのか通路にある岩窟の事の様だ。町界付近に同名の川が有る。ポールの付く地名は多いが・・釧路町の昆布盛と厚岸町を結ぶアイヌ時代の交通路が有ったのだろう。

□ セタニウシ

 地名解ではセタニ・ウシ“山梨多キ處”と、北海道では山梨でも通用する言葉だが図鑑ではエゾノコリンゴ、所によってはマメリンゴなどと呼ぶ。花はリンゴに似て綺麗です。


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